NEWS2020.9.23第70回別府大分毎日マラソン大会の1年延期について

TOPICSトピックス

  • 2020.9.23

    別府大分毎日マラソン大会実行委員会は、新型コロナウイルス感染拡大の収束の見通しがつかず、選手及び関係者の感染防 […]

  • 2020.9.9

    来年2月の第70回大会開催について、現在、新型コロナウイルス感染症対策を主催者を中心に関係団体で協議しています […]

  •   

別大毎日マラソンとは

別大毎日マラソン地図
別大毎日マラソンコース

別府大分毎日マラソン大会(当時は別府マラソン)は戦後復興期の1952年、五輪代表候補のコーチを務めていた大分県中津市出身の池中康雄氏(故人)が「五輪への道を開くためにも地元で全国大会を開催したい」と提唱して創設。当初は別府駅前をスタートし、大分市白木を折り返す35キロのコースだった。翌53年の2回大会からフルマラソンに衣替え。46年スタートの「びわ湖毎日マラソン」(当時は毎日マラソン)、47年に始まった「福岡国際マラソン」(当時は朝日マラソン)と共に、日本三大クラシックレースと呼ばれるようになった。

63年12回大会では寺澤徹(倉敷レ)がアベベ(エチオピア)の記録を0秒4上回る2時間15分15秒8の世界最高記録を樹立。この記録は国内レースで日本人選手が記録した最後のマラソン世界記録となっている。寺澤はその後、15回大会まで4連覇を成し遂げた。

67年16回大会では君原健二(八幡製鉄)が2時間13分33秒4の国内最高、78年27回大会では宗茂(旭化成)が2時間9分5秒6で優勝し、日本人で初めて「10分の壁」を破った。

84年33回大会から大分市営陸上競技場を発着するコースに。91年40回大会では森下広一(旭化成)が初マラソン記録を大幅に更新する2時間8分53秒で優勝し、92年バルセロナ五輪の銀メダルにつなげた。

2001年50回記念大会からは世界選手権の選考レースに。10年59回大会から大分市の高崎山・うみたまご前をスタートし、大分市営陸上競技場にフィニッシュするコースに大幅変更。翌60回大会からは参加資格をマラソン3時間30分以内に緩和し、女子選手にも門戸を開いた。

12年62回大会では川内優輝(埼玉県庁)と中本健太郎(安川電機)が28キロ過ぎから40キロまで激しいデットヒートを展開。川内が17年ぶりに大会記録を塗り替える2時間8分15秒で優勝、中本も自己ベストの2時間8分35秒で2位に入り、ともに世界選手権代表の座を射止めた。

16年65回大会では、大分市内の袋小路の解消と終盤の高低差を減らして好記録の出やすいコースに変更。リオデジャネイロ・パラリンピックの視覚障害者マラソン代表選考会も併せて開催した。

17年66回大会では34歳のベテラン、中本健太郎(安川電機)が2時間9分32秒の好タイムで初優勝を飾った。中本はマラソン14回目にして初の頂点。世界選手権ロンドン大会の代表にも選ばれた。

18年の67回、19年の68回大会は2020年東京オリンピックの日本代表選手選考会「マラソングランドチャンピオンシップ」(MGC)への出場権を獲得できる「MGCシリーズ」に指定され、園田隼(黒崎播磨)ら4人が出場権を獲得した。

これまで、谷口浩美や森下広一、足立知弥(いずれも旭化成)らが初マラソン初優勝を飾るなど、「新人の登竜門」と称されることも多い。

別大毎日マラソン地図
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